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大阪地方裁判所 昭和47年(行ウ)33号 判決

原告 福島二三子

被告 西野田労働基準監督署長

訴訟代理人 曽我謙慎 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判〈省略〉

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告の亡夫である訴外福島命(あきら)(以下被災者という)は、昭和四二年七月二六日午前一〇時四〇分頃、大阪市西淀川区野里町一二五四番地訴外金行信治(以下金行という)方において、訴外前川金属工業株式会社(以下前川金属という)が施行していた二階建店舗兼文化住宅の屋上物干し取付工事に従事中、誤つて、持つていた鉄製パイプを六、六〇〇ボルトの高圧線に接触させ、感電し、約一時間後の午前一一時四〇分頃死亡した。

(二)  そこで原告は、昭和四二年九月二六日被告に対し、遺族補償金並びに葬祭料の支払の請求をしたところ、昭和四三年二月二二日付で、被告から右補償年金等を支給しない旨の処分をうけた。原告は、被告の右処分を不服として、大阪労働者災害補償審査官に対し審査請求をしたが、右審査請求は棄却された。原告は、さらにこれを不服として労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、昭和四六年一一月三〇日に再審査請求棄却の裁決がなされ、裁決書謄本が同年一二月八日に原告に送達された。

(三)  被告が右遺族年金等を支給しない旨の処分をした理由は、「被災者は、下請事業場の事業主と認められるので、労働基準法第九条にいう労働者とは認められない。」というのである。

(四)〈省略〉

二、被告の答弁および主張〈省略〉

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因(一)、(二)、(三)の各事実はいずれも当事者間に争いがない

二、そこで、被災者が、死亡当時、労働基準法第九条にいう労働者であつたかどうかについて検討する。

〈証拠省略〉によると、次のとおり認められる

被災者は、従来から、種々の事業所等から注文をうけて、ごく短期間づつ、熔接その他の仕事をしていたが、昭和四〇年ごろ、建築工事の下請をしていた訴外金藤光男と知り合い、同訴外人と二人で仕事をするようになつた。その後、さらに他の者が仲間に加わつたり、また出ていつたりすることを繰り返えしていたが、被災者が死亡したころには、訴外佐藤某、同佐野某、同梶原某らが被災者および右訴外金藤とともにグループをつくり、各人が各種箏業所等からうけた仕事を共同でするようになつた(被災者らがグループをつくつて仕事をしていたことは当事者間に争いがない)。右グループが仕事をうけた事業所等は一定していないが、前川金属はそのひとつであつた。同会社は被災者が開拓した仕事先であつたため、被災者の名で同会社から仕事をうけていたが、被災者以外のグループ構成員も被災者に協力して同会社の仕事をした。

ところで、被災者その他グループ構成員は、いずれも、一定の事業所等に属して働くことを好まず、知り合いから適当な仕事をうけて、自由に働くことを望んでいた。そのため、被災者は、かつて前川金属の社長の訴外前川久寿から同会社の従業員として働くことを求められたが、これを拒んだことがあつた。

被災者および各グループ構成員は、かくべつ、仕事のための機械工具類も所有せず、いわば手弁当で、しかも主として事業所等が指示した場所で仕事をおこなつていたが、グループ固有の作業場所として、被災者の自宅に近い、大阪市西淀川区長洲東通一丁目二二番地訴外株式会社鶴亀工作所の敷地の一部および尼崎市杭瀬北新町一丁目一三番地訴外下村工務店こと下村栄一所有の掛小屋をそれぞれ借り受け、ここに僅かではあるがグループの工具類も用意してあり、他からうけた仕事を右作業場所でおこなうことも、かなりあつた。

グループ内部においては、とくに主従の関係はなかつたが、もともと右グループは、被災者と前記訴外金藤とが、ともに中心になつてつくつたものであり、被災者の妻が独身者である前記訴外佐藤、同佐野、同梶原の食事の面倒をみており(この点は当事者間に争いがない)、かつ被災者の自宅をグループの事務所のように使つていたことなどのため、自然に被災者がグルフの代表のようになり、他のグループ構成員から親方と呼ばれ、また、事業所等から被災者の姓をとつて「福島組」の名で呼ばれることもあつた。

被災者は、死亡前の数か月間、自己の開拓した訴外日本汽力株式会社および前川金属の仕事を比較的多くしたが、これらの会社においては、実質的に、被災者の代表する右グループとの間に、個々の仕事ごとに契約を締結したものであり(右訴外日本汽力株式会社は、「福島組」の名で、各仕事単位で注文書を発行している)、被災者以外には、グループの誰が現実に仕事をしているかを知らず、また関心もなかつた。グループが仕事をした他の事業所等もほぼ同様であつて、適当な仕事を見つける度ごとに、グループとして仕事をうけ、適宜、グループ構成員の誰かが仕事をおこなつた。

ところで、被災者が死亡当時従事していた金行邸文化住宅兼店舗屋上物干場の物千し取付工事は次のとおりなされた。すなわち、被災者(実質的には右グループ)は、その死亡の数日前、前川金属から、材料は被災者持ち(ただし前川金属手持ちの材料を有償で譲渡する。)代金は金三五、〇〇〇円、との約で、右物干取付工事の注文をうけた。被災者は、材料の鉄骨を持ち帰り、前記訴外株式会社鶴亀工作所の作業場において物千しに組立て、これを前川金属の自動車で前記金行邸の建物に運んで貰い、グループ構成員の前記訴外梶原とともに取付工事に着手したとき、事故にあつて死亡した。右物干し取付工事は、被災者の死後、前記訴外金藤らグループ構成員が引継いで完成した。もつとも被災者以外の者については、実際に誰が作業したか、前川金属には分らなかつた。右建物工事現場には、前川金属の従業員である訴外松浦紀海が現場監督としてきていたが、同訴外人は、右建物新築工事を請負つた前川金属の責任者として、工事全般を包括的に監督していたのであつて、被災者らの右訴外株式会社鶴亀工作所における作業についてなんらの指揮、監督をしなかつたのはもちろん、右建物屋上における右取付工事についても具体的な指示をしたことはない。その他前川金属は、被災者らの作業につき、作業時間、作業方法等の労働条件についても指示をしたことはない。右工事完成後、前川金属は、約定の工事代金三五、〇〇〇円全額を(他の工事の内金五万円とともに額面金八五、〇〇〇円の小切手一通で)、被災者の妻である原告の代理人として受領に来た前記訴外金藤に対して、支払つた。このとき、前川金属は、被災者に対して譲渡した材料費および物千しの運送賃を控除すべきであつたが、これを控除しないまま全額を支払つた。

以上のとおり認められ、〈証拠省略〉中右認定と牴触する部分は、前記各証拠と対比して採用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上の事実によると、被災者らグループ構成員は、一定の事業所等に拘束されることを好まないところから、一定の事業所等の従業員とならないのはもちろん、特定の事業所等の仕事を専属的、継続的にすることもせず、各人がグループを代表して、不特定多数の事業所等から仕事をさがし、いわば一事業体としてのグループの計算にしたがつて仕事を請負い、グループとして自由な方法で仕事をおこない、仕事が完成するごとにグループ全体として報酬(請負代金)の支払をうけていたのであつて、請負先の事業所等から具体的な作業内容について指揮、監督をうけることもなかつたといえる。被災者が死亡当時従事していた前川金属の仕事もこれと異なるものではなく、被災者がグループを代表して前川金属から仕事を請負い、被災者の死後においても前川金属の関知しない他のグループ構成員が前記仕事を完成し、グループが、全体として約定の請負代金の支払をうけたものというべきである。

これによれば、被災者の死亡当時、前川金属と被災者との間に支配、従属の関係はなかつたというほかないから、被災者は労働基準法第九条にいう労働者にはあたらない。

他に被災者を右規定にいう労働者と認めるに足る的確な証拠は

ない。

三、以上のとおりであるから、被告が被災者を右規定にいう労働者でないとして、原告に対し遺族補償年金等を不支給とした前記処分には違法の点はない。

そうすると、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日高敏夫 岨野悌介 窪田正彦)

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